HP投稿記事案       2023126日    Aグループ   中軽米重男

 

       思想史家「渡辺京二」について

 

「はじめに」

  今回は年が明けて初めての投稿となります。テーマは”思想史家「渡辺京二」氏”(以下、敬称略)です。しかし、記事投稿に際してはその主題が果たして適切なものか否かについて些か躊躇が伴いました。その理由は、それは余りに私情に囚われ過ぎてはいないかとの思いがあったからです。

  一方、長年にわたって心魅かれてきた「渡辺京二」なる思想史家、歴史家、評論家が昨年歳の瀬も押し迫った1225日に92歳で逝去されたとのニュースを耳にしてから早くも約一ヵ月が過ぎた今、何某かの自らの思いのようなものをこの世に書き残しておきたい(ちょっと大袈裟かな?)との気持ちが強くなりました。

  そこで以下、これまでに読破した渡辺京二の作品の中から幾つかを取り出し、独断と偏見に満ちたその読書感等を書き記したいと思います。

 

()きし世の面影」

  今から10年ほど前の2013823日(金)付朝日新聞に、”「資本主義の深化が共同社会を壊した、まだ成長は必要か?」、幕末維新のころ日本に滞在した外国人の訪日録を集め、近代化以前の社会実相を明らかにした「逝きし世の面影」が12万部を超すロングセラーになっている。異邦人の目に映ったのは、幸福と満足にあふれる当時の日本人の姿だった。その後私達は何を失ったのか。何故生きずらい世になったのか。著者の渡辺京二さんに聞いた”とする特集記事が掲載されていました。

今ここでその記事の詳細などに触れることはしませんが、その記事を見た私は、同年の918日、北与野の書店「書楽」でその本を購入しました。この本が私の「渡辺京二」との出会いでした。そして、約550ページに及ぶ結構大冊のこの文庫本を約20日間程で一気に読破したことが、その書籍の裏表紙にメモ書きされています。

なお、そこにはまた「私にとって重要なのは在りし日のこの国の文明が、人間の生存をできる限り気持ちの良いものにしようとする合意とそれに基づく工夫によって成り立っていたという事実だ」とする著者の言葉とともに、「近代に物された、異邦人によるあまたの文献を渉猟し、それからの日本が失ったものの意味を根底から問う大書」との新聞解説が付されています。因みに、この書は1998年に刊行され、2005年に第12回和辻哲郎賞を受賞しています。

 

「北一輝」

19789月、渡辺京二は、この稀代の革命家の評伝を書き上げています。そしてこの作品は同年毎日出版文化賞(第33回人文・社会部門)を受賞しています。

また、渡辺京二は本書「あとがき」で、”いまは、彼(北)については全て論じ尽くしたとの思いがある。北については、既に多くの本が書かれているが、屋上屋を架したつもりは私にはない。そのどれかに私がある程度でも満足していたのなら、この本が書かれる必要はなかった(以下略)”と語っています。

  因みに、渡辺京二が言う”既に書かれた多くの本”の中には次のようなものがあります。

*松本清張(北一輝論)、*松本健一(若き北一輝恋と詩歌と革命、北一輝論)、*滝村隆一(北一輝日本の国家社会主義)、*その他

  因みに、渡辺はここで、松本清張の北一輝論は、そのいかにも職業文筆家根性まるだしの著作権的感覚で北の諸著作の分析・評価等を試みてはいるが、結果として何も明確な証明などがなされいない、と酷評する一方、唯一滝村隆一の北一輝論は、北の思想を普遍的な政治理論としての達成度という点で分析するもので、北の政治思想を著書に即して本格的に分析した業績としては唯一のものと言える、と述べています。尚この本については末尾「結びに」を改めて参照下さい。

  更に今、改めて北の年譜を繙くとその主要部分は次のようになります。

1883年(明治16年):佐渡に生まれる。幼名「輝次」。

1906年(明治39年):「国体論及び純正社会主義」を出版するも、発禁に処せられる。

1907年(明治40年):中国同盟会(中国革命組織)内の反孫文派に加担、宋教仁と親交。

1911年(明治44年):武漢(辛亥)革命の報を聞き、上海に渡り、爾後南京等に出入。

1913年(大正 2年):宋教仁暗殺される。次いで三年間の退清(中国)命令を受ける。

1915年(大正 4年):「支那革命外史」起筆、翌大正5年稿了。一輝と号す。

1923年(大正12年):「日本改造法案大綱」を出版。

1936年(昭和11年):2・26事件発生、228日検挙される。

1937年(昭和12年):814日死刑判決、同月19日銃殺。享年54歳。

 

「幻影の明治(名もなき人びとの肖像)」

  本書は、1980年代初頭、2010年代、2011年代に執筆された以下の別々の随筆から構成された「もうひとつの明治」を描く歴史評論集です。

*時代の底辺を直視した山田風太郎の明治シリーズ論

*彰義隊崩れの挫折の眼差しで描かれた「三つの挫折」

*司馬(遼太郎)史観への批判的考察「旅順の城は落ちずとも・・坂の上の雲と日露戦争」

*士族反乱の知られざる物語「九州士族の反乱」

*維新の陰に埋もれた無告の民への共感「豪傑民権と博徒民権」

*歴史叙述に関わる考察「(内村)鑑三に試問されて」

 

「むすびに」

  私の本棚の片隅に前述の滝村隆一が1973年に執筆した「北一輝(日本の国家社会主義)」がありますが、実は、私はこの本を200810月、神田の古本祭で入手しました。一方、この本を入手した時点ではその内容の難解さに些か癖壁し、所謂、暫く”つんどく”の状態が続き、結局それを読了したのは購入から8年程経た2016年でした。その後、本拙稿表題の渡辺京二の著作中に「北一輝」を目にし、改めてこの滝村の著作を読み直した経緯があります。

  何れにせよ、今この拙稿を書き終えて少なからず”ほっと”しています。その訳は、本表題が余りに私情にとらわれ過ぎているとの感覚を最後まで拭い切れなかったからです。

  さすれば、各位にご一瞥を頂けるのであれば改めて幸甚に存ずる次第です。

 

             2023126日筆      (終わり)